『折口信夫伝―その思想と学問』岡野弘彦著(中央公論新社 2000.9)
あまり個人の評伝を読む趣味などはないが、例外的に読んだ。
お陸地の私生活については、養子になった人がいて、その関係とは、折口は父でもあり、母でもありということなのだろう。
養子の戦死ということもあったが、彼ほど先の大戦の敗戦を重く受けとめた人もなかったという話。日本の敗戦を日本の神の死にも等しいものとして、現実に直面しなければならないということだったらしい。
戦争中は、軍部にも物申す人であり、戦死者が翌日には靖国神社の神となるのはおかしい、49日の法要そのほか、神となるにはそれなりの手順がいる。日本人の信仰を破壊しようという行為にはたいへん厳しい人だったのだろう。
日本の近代史で最も大きな出来事というか、改革というか、大きな改まりに2つあり、昭和20年と明治元年の2つの出来事である。
今年はちょうど戊辰戦争から150周年である。戊辰戦争が始まったのは、1968年の(旧暦)1月3日、グレゴリオ暦に換算すると、1月27日。幕府方は敗戦し、明治新政府の樹立となった。
徳川の世の瓦解に直面し、それを最も重く受けとめた人は、誰なのだろう。ちなみに我が家の当主は、それを機に倅に家督を譲ったが、25歳の倅が村の名主となったのは確かに早かった。未来への言祝ぎらしきものは書き残したが、情緒的というか、良くいえば文学的。さて「最も重く受けとめた日本人」とは、政治家ではないことは見通しはつくのだが・・・。
2018年1月10日水曜日
2017年12月28日木曜日
『吉行エイスケとその時代―モダン都市の光と影』
『吉行エイスケとその時代―モダン都市の光と影』は、東京四季出版 1997年。小説と評論。写真資料。NHKドラマ「あぐり」の放映の年。
吉行エイスケの小説については、さっぱりわからなかったが、自分の若いころの習作やら、友人たちの書いたものの記憶をたどれば、似たような部分もあったような気がする。
当時の感覚で見たもの、聞いたもの、そういった単語を、関連づけるわけでもなく散りばめて書き綴るというものだったが、吉行のものはもっと上等なものではある。
また字面を眺めながら、読んでみたいと思った。
吉行エイスケの小説については、さっぱりわからなかったが、自分の若いころの習作やら、友人たちの書いたものの記憶をたどれば、似たような部分もあったような気がする。
当時の感覚で見たもの、聞いたもの、そういった単語を、関連づけるわけでもなく散りばめて書き綴るというものだったが、吉行のものはもっと上等なものではある。
また字面を眺めながら、読んでみたいと思った。
2017年12月5日火曜日
1974年の稲垣足穂の本
1974年は、蔵書リストをみると、潮出版の「多留保集」シリーズなど、稲垣足穂の本が多い。
発売後まもなくに読んだのは『男性における道徳』(中央公論社)というエッセイ集。
「男性には書物、女性には衣服」とか、美食の戒めとか、後世の「男性脳と女性脳」のような話が、アイロニーをこめて語られてあったと思う。
画像は「多留保集」のもの。足穂は3年後の1977年の年末に没した。
1974年の重要な本といえば、他には、大野晋の『岩波古語辞典』がある。高校卒業後にもう1冊古語辞典を買った人も多かったらしい。
発売後まもなくに読んだのは『男性における道徳』(中央公論社)というエッセイ集。
「男性には書物、女性には衣服」とか、美食の戒めとか、後世の「男性脳と女性脳」のような話が、アイロニーをこめて語られてあったと思う。
画像は「多留保集」のもの。足穂は3年後の1977年の年末に没した。
1974年の重要な本といえば、他には、大野晋の『岩波古語辞典』がある。高校卒業後にもう1冊古語辞典を買った人も多かったらしい。
2017年12月3日日曜日
石森章太郎『劇画 家畜人ヤプー』
沼正三原作、石森章太郎『劇画家畜人ヤプー』は、1971年の発行だが、その1~2年後ごろ、神田の古書店で大量に安売りしていたのを1冊買った記憶がある。調べたら版元の都市出版社は、1972年6月倒産。その直後だろう。
内容は、奇書といわれているが、日本人の人種コンプレックスを諷刺したものとして愉快に読んだ。西洋文化への盲従に対する皮肉の意味もある。吉行淳之介らも絶賛しているので、マゾヒズムとは女性礼賛表現の特殊な形でもあるのだろう。
小説よりも漫画を先に読んだ。この本のいう「劇画」とは、劇画初期の劇画ではなく、なんでもニューミュージックのような意味。
内容は、奇書といわれているが、日本人の人種コンプレックスを諷刺したものとして愉快に読んだ。西洋文化への盲従に対する皮肉の意味もある。吉行淳之介らも絶賛しているので、マゾヒズムとは女性礼賛表現の特殊な形でもあるのだろう。
小説よりも漫画を先に読んだ。この本のいう「劇画」とは、劇画初期の劇画ではなく、なんでもニューミュージックのような意味。
2017年11月23日木曜日
樋口一葉について、一葉忌に
11月23日は、24歳でなくなった樋口一葉の命日。一葉忌である。
数年前に、江戸時代史の延長として、一葉の研究本等をいくつも読んだことがある。印象に残るのは、
1 田中優子『樋口一葉「いやだ!」といふ』(集英社新書)
2 塩田良平『人物叢書 樋口一葉』(吉川弘文館)
3 井上ひさし『頭痛肩こり樋口一葉』(紀伊国屋書店ビデオ)
3は演劇のビデオだが、一葉が「萩の舎」で古典を学び始めたころ、家が貧しいことに劣等感を持っていたといわれるが、他の生徒たちの親は政府の高官だといっても元は足軽風情、という意味のセリフがあった。一葉の父は、元は甲州の農民だが、金を貯めて御家人の株を買って武士になっている。足軽は士分ではない。そのような優越感もあったということを見落とすべきでない。
2には、一葉の父は甲州にいたころ「公事師」の仕事もしていたと書いてあった。他の本では、貧しい農民たちの法律の相談にのっていたなどとしか書かれてなかったが、公事師というのは実は曲者なのである。弱者の味方などではありえない。一葉が世に出てからの話に、怪しい男にいきなり借金を申し込みに行くなどの行動も、その父を思えば、なるほどありうることだと思う。一葉にはそういったきわどい一面もあると思うのだが、しかし一葉の作品は美しいと思う。
数年前に、江戸時代史の延長として、一葉の研究本等をいくつも読んだことがある。印象に残るのは、
1 田中優子『樋口一葉「いやだ!」といふ』(集英社新書)
2 塩田良平『人物叢書 樋口一葉』(吉川弘文館)
3 井上ひさし『頭痛肩こり樋口一葉』(紀伊国屋書店ビデオ)
3は演劇のビデオだが、一葉が「萩の舎」で古典を学び始めたころ、家が貧しいことに劣等感を持っていたといわれるが、他の生徒たちの親は政府の高官だといっても元は足軽風情、という意味のセリフがあった。一葉の父は、元は甲州の農民だが、金を貯めて御家人の株を買って武士になっている。足軽は士分ではない。そのような優越感もあったということを見落とすべきでない。
2には、一葉の父は甲州にいたころ「公事師」の仕事もしていたと書いてあった。他の本では、貧しい農民たちの法律の相談にのっていたなどとしか書かれてなかったが、公事師というのは実は曲者なのである。弱者の味方などではありえない。一葉が世に出てからの話に、怪しい男にいきなり借金を申し込みに行くなどの行動も、その父を思えば、なるほどありうることだと思う。一葉にはそういったきわどい一面もあると思うのだが、しかし一葉の作品は美しいと思う。
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